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原田陽平氏の生き方・アフィリエイトビジネスで優雅なデュアルライフを!②

 原田陽平氏について前記事では詳しくご紹介し、彼の生業であるアフィリエイトというビジネスについても詳しく解説しました。今回は、彼のこれまでの来歴についてを掘り下げていきます。ぜひご覧ください。

 

 

原田陽平氏はデュアルライフアフィリエイター

 

本記事でご紹介するアフィリエイターの原田陽平氏は、デュアルライフアフィリエイターという肩書きで活動しています。アフィリエイターについては、前項でもしっかり開設しましたが、デュアルライフという言葉についてはご存じでしょうか。

 

Wikipediaによると、「デュアルライフとは都市と農山漁村が双方向で行き交うライフスタイル」と解説されています。

(引用:

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%83%A5%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%95

 

実は、このデュアルライフという言葉は、近年一部で注目を集めている言葉です。デュアラーという言葉であれば耳にしたことがあるのではないでしょうか。二箇所以上の拠点をベースとし、移動し生活基盤を作りながら生活するというスタイルのことです。例えば、東京と大阪に家があり、どちらにも基盤を置いて移動しながら生活するというようなスタイルです。別荘や旅行と異なる点は、その両拠点にしっかりと基盤を置くという点です。一時的な宿泊とは切り離して捉えられています。

 

こういった部分から考えると、原田陽平氏は、アフィリエイトという仕事をしながら、さまざまな拠点を移動し生活するスタイルをとっているということがわかるでしょう。実際に、日本のみならず、東南アジアやヨーロッパ、アメリカなどさまざまな地域を移動しながらさまざまな経験をしながら生活しています。原田陽平氏のブログには、さまざまな土地での生活がたくさん綴られています。どのような生活スタイルをとってるのかについては、ぜひブログを読んでみるといいでしょう。

 

 

原田陽平氏のこれまでは?

引用:

https://www.facebook.com/photo.php?fbid=536323509791870&set=a.103236326433926&type=3&theater

 

 

デュアルライフアフィリエイターとして活躍し、さまざまな書籍を出版し、そして多ジャンルにわたる発信をしている原田陽平氏ですが、彼はどのようにしてここまで成功することができたのでしょうか。

 

実は、彼は初めからネットビジネスに精通していたわけでも、ビジネスの才能を若い頃から発揮していたわけでも、人生全般がうまくいっていたわけでもありません。むしろ、底辺の生活レベルで苦労していた時代も長くありました。原田陽平氏の成功するまでの道のりを追ってみましょう。

 

 

四国の田舎生まれ・中卒で美容師になるまで

引用:https://unsplash.com/photos/ZCd0oD-MNko

 

 

原田陽平氏は、1981年に四国・愛媛県で生まれました。愛媛県の中でもかなり田舎と言われる地域で育ちます。高校進学までは順調に進んだものの、高校に入学してすぐに中退するという道を選びます。原田陽平氏が中卒で選んだ仕事は美容師。彼がブログやSNSに使っている写真は、髪型も服装もおしゃれな写真が多いことに気づかれていますか?彼のセンスが高いのも、元美容師と言われるとうなづけます。その後地元を離れ上京しましたが、東京でも同じ美容師の職に就くことになります。

 

美容師さんはおしゃれなイメージがある仕事ではありますが、その反面非常に労働条件的には厳しい仕事でもあります。サービス業ということもあり賃金が低いことが理由の一つです。また、一日中立ちっぱなしという、体力的な厳しさもあります。さらには、職人的な要素を持っているのが美容師という仕事でもあり、毎日の仕事のあとは一人前になるための練習をする必要もあります。

 

これだけでも苦しい毎日なのに、さらに職場の人間関係もトラブルが多く、悩ましい日々が続いたようです。そのストレスもあり、原田陽平氏はギャンブルにのめり込むことになります。そうして作ってしまった借金は300万円。300万円というとそんなに大きな金額ではないように感じますが、当時の彼の月給は14万円。東京で生活していくだけでもこれではかなり厳しいですから、借金を返すどころか利子を払うのもギリギリの生活でした。そんな底辺の生活を余儀なくされていた頃、原田陽平氏はあるビジネスと出会うことになります。

 

携帯アフィリエイトとの出会い

引用:https://www.irasutoya.com/2013/01/blog-post_226.html

 

その出会いとは、「携帯アフィリエイト」でした。今はパソコンもスマホも普及していますが、当日はいわゆるガラケーの時代でした。その携帯電話を用いるのが「携帯アフィリエイト」です。

 

その出会いは、あるテレビ番組をみていたときのことでした。当時はまだ珍しいネットビジネスを紹介するテレビ番組でしたが、そこに出演していた人は原田陽平氏とそんなに年齢的にも変わらない若い男性。しかし、なんと、4000万円もの月収を得ているというのです。その彼がやっていたのが携帯アフィリエイトでした。

 

前述しましたが、当時はやっとインターネットが一般的にも普及した頃でした。インターネットの利便性については一般的にも認識されていたものの、そのインターネットを活用したビジネスまでは一般的には認知されていませんでした。

 

それなのに、そんな最先端のビジネスで月収4000万円も得られるとは、俄かに信じがたく、初めは原田陽平氏も半信半疑だったようです。しかし、その魅力にどんどん惹きつけられていき、結果的にアフィリエイトを始める決断をします。しかし、いきなりアフィリエイト一本に絞ったわけではありません。美容師というハードな仕事のかたわら、ネットカフェに通ってサイト作りや情報収集をする日々が始まりました。

 

 

サイト作りと情報収集がひたすらに続く日々・・・

引用:https://unsplash.com/photos/PeRNNIGmoNU

 

 

原田陽平氏がアフィリエイトを始めたのは2004年でした。前述しましたが、インターネットはこの頃には一般的にも浸透していましたが、まだまだパソコンが広く普及しているわけでもなく、さらにはwifiや光のようなインターネット環境も各家庭に充実しているわけではありませんでした。そのため、原田陽平氏は毎日仕事後に、ネットカフェに通ってサイト作りをすることになります。

 

また、インターネットは普及しているものの、アフィリエイトについては一般的には全くと言っていいほど認知されていない時代です。そのため、アフィリエイトを始めるのはどうしたらいいのか、どうやったらサイトを作ることができるのか、サイトにはどのようにしたら広告を貼ることができるのか、そしてどうしたらアフィリエイトが収益に繋がるのかなど、全く未知の領域でした。

 

今でこそ、アフィリエイトのマニュアル本が出版されていたり、ブログでアフィリエイトの始め方についてが書かれていたり、そのようなセミナーも多く開催されていますが、当時はそう言った情報収集がかなり困難な時代でした。全ての作業が手探りであり、全てが試行錯誤でした。しかし、原田陽平氏は諦めることなく毎日のようにアフィリエイトサイト作りに取り組みます。

 

試行錯誤ですから、当然失敗も繰り返します。それでも、ネットカフェに通い続けての作業を諦めることなく繰り返しました。その作業は毎晩深夜を回るほどだったとブログに綴られています。そんな作業を2ヶ月ほど繰り返した頃、サイトのアクセス数が100に到達するようになります。初めてのアフィリエイト収益はたったの1200円でした。しかし、この最初の1200円は今でも忘れることができないと語っています。2ヶ月も諦めることなく作業し続けて得られた金額にしては少ないですが、自分自身で生み出したお金だと思うと感動的だったことでしょう。

 

 

毎日の美容師としての仕事だけでも大変なのに、そのあとに毎日ネットカフェに通って試行錯誤を繰り返し、失敗もしながらサイトを作るなんて、大変な苦労や努力のように感じる人も多いでしょう。しかし、原田陽平氏はのちにブログの中で語っていますが、この作業は決して苦しいものではなかったようです。むしろ、ゲームを攻略するようで楽しかったと言っています。ある意味、仕事を楽しむということも能力の一つだと思います。毎日の作業が苦しくて嫌々ながらやった仕事であればその対価として得た利益は苦しみの対価です。しかし、日々仕事を楽しみながらやったとしたら、それは喜びの対価ですよね。当然ながら後者の方がお金の価値は高くなります。ある意味、この仕事を楽しむというのも、原田陽平氏のビジネスセンスの一つだったのでしょう。

 

 

 

みるみると収益を伸ばしついに会社を設立、現在に至る

 

初めて100アクセスに到達し1200円の収益を得てから、だんだんと原田陽平氏のサイトは順調に成長していきます。当然ながらそこからうまくいき続けたわけではありません。失敗を繰り返しながらも徐々にうまくいき始め、1年後にはサイトから3万円の収益を得られるようになります。そこからの成長はさらにスピードアップしました。1年半後には10万円の収益が生まれ、その時点で兼業の美容師としての仕事を辞めることにしました。その数ヶ月後には月収100万円を達成し、翌年には会社を設立することになります。紆余曲折を経て、3年後の2009年には会社が月照2000万円を得るほどに成長します。

 

アフィリエイトを始めたのが2004年です。そこからたったの5年で、自らの会社が月照2000万円を達成するなんていうことがあるでしょうか。原田陽平氏は単なる凄腕のアフィリエイターではなく、かなりの商才がある経営者でもあるのでしょう。

 

その後、アフィリエイトをはじめ、著書の執筆やコンサルティング、投資家など活躍の場を広げ、現在に至っています。